2011年7月7日木曜日

頼朝と義経の対面石の前に立つ

頼朝と義経の対面石。
平家討伐の兄の挙兵を聞いて、平泉から駆けつけた義経一行。
この兄弟が対面したのは今でいう三島のあたりでした。清水町八幡にある、八幡神社の奥に、二人が対面したとされる対面石がある。
今日は、この地を訪ねました。



7月7日、吹きあれる風の中…ここで兄弟が初めて顔と顔を合わせて涙したという、そのシーンが思いおこされるようで、胸がいっぱいになりました。








2011年7月5日火曜日

「つながる 家づくり展」神楽坂で明日まで 

お友達の 塚本有紀ちゃんの作品=家(フォト&手書き図面)
が出典中の建築展「つながる 家づくり」 神楽坂にて



7月1日(金)〜7月6日(水) 
11:00〜19:00
神楽坂 アユミギャラリー
東京都新宿区矢来町114


自然派な家ばかり。
私も、こんな家に住みたい…

そんな夢がひろがるグループ展。






有紀ちゃんと2ショット!















    
                         





           




有紀ちゃんの事務所
アトリエ樫 のお家はの設計の間取り図などは
全部手書き! だからぬくもりがいっぱいっ。



















この間取り図は、
有紀ちゃんがデザインして建てた家の手書き間取り図。
きゃー!素敵だなぁ。

彼女が建てた「三兄弟の家」というお家の写真もあったのですが、
ピンぼけで…あぁ!!皆さんにお伝えしたかったのに。

木と光と風…の家。こんなところに住んだら健康になるなぁ…とつくづく思いました。

縁側と広縁があって…
音楽のための防音設備も、木のぬくもりを活かしたデザインで全然重さがないし。

私も、いつか有紀ちゃんにお家をデザインしてもらうんだ!
この雰囲気+すべりだい+ぶらんこ+小さなパイプオルガンのはいる吹き抜けのリビング+縁側+屋根裏部屋
をつくってもらうことに、決めました!




こちらに映る、右の方は望月さん。
建築デザイン事務所の所長さんです。
男前なハンサムビューティ。

家を作る人の感性というものを
ガツンと教えられました。
観察眼、情緒。

望月さんのつくる家には、
玄関から奥にのびる
通り土間があったりして。
昔の京都のおばぁちゃんの家を思い出しました。

漆喰の塗り方など教えて頂きましたので
松風窓の壁を塗り替えようかと思いました!!


古民家を使ったとても素敵な
神楽坂のアユミギャラリー。
この建物を観るだけでも楽しいですよ!

ヨハンのチーズケーキ


堺くんがくれたチーズケーキ。
あんまり美味しくて…

買いに行ってしまった!
中目黒のヨハン。ご存知ですか?

30年の老舗。
無添加で、まざりけのない上質の優しいケーキです。


私は、メロウが好き。
ナチュラルより、少し黄色くて甘いのです。


ペロリです。

哲学者の先生の
お家にも
お土産に
持っていったら…
やっぱりスゴく
喜ばれましたっ。

これは
久々ハマっちゃいました。





夕方からは、
舞台の稽古。

今日はラムダがなかったので
ぶれぶれな写真の2刀です。   

2011年7月4日月曜日

パイプオルガン→ 道場 → 有紀ちゃん


暑いです!! 34度ですか…。
でも、朝、パイプオルガンを弾いていると…
教会の聖堂の中は涼しい。




















その後、道場で稽古を見ます!!
休憩の自主連時間をパチリ!












そして…夜。

友達の有紀ちゃんを
囲んで桜月食事会!

建築事務所で働く
彼女は、
ちゃんとした庭のある家
を作っています!

有紀ちゃんは
桜月流が大変いつも
お世話になっている
樹木医の塚本こなみ先生
のお嬢さんです。

松木くん、昌志は、全く、こなみ先生には頭が上がりません。
だから…そのまま有紀ちゃんにも頭が上がりません。

ということで、私と有紀ちゃんと相澤ちゃんが天下な食事会なのでした!
松木くんの自分撮りで撮影した、この写真。
「松木さんの目がうつろ〜!!昌志さん太り過ぎー!」という有紀ちゃんの言葉に
私と相澤は超同感なのでありました!

こなみ先生は、藤のプロフェッショナル。
世界一の樹木医さんです。
有紀ちゃんも、家の畑にたくさんの藤を育てているそうです。
きっと、有紀ちゃんの建てる家の庭には、美しい藤がはいされるのでしょうね。

いつか、建ててもらいたいなぁ。
と、思っている私なのでありました!!

2011年7月3日日曜日

縄文人の目になったような気がした…ストーンサークルという天文装置の中で!













夏至に剱舞させて頂いた、
秋田県にある大湯のストーンサークル。
縄文人が作って行った天体装置です。
本当にすごかった、素晴らしかったです!


























ここには、野中堂というのと、万座という2つの丸い大サークルが双方型に並んでいます。
その各々のストーンサークルの芯となるおへその石と日時計石、
そして、もうひとつのサークルのおへその石と日時計石、
この4つの石を結んだ遠い延長線の向こうにピタっと夕日が入ります!

梅雨の晴れ間とはまさにこのこと、
この時期に最高の気象条件で体感できたことは縄文チームの皆さんも皆奇跡的だったと…。




連れて行って下さった小林達雄先生も、
とても喜んでおられました。
もちろん、私も最高の喜びにうち震えました!







夏至の夕日、刻々赤く丸くなる!

















その夕日のライン上の中心位置は、
NHKさんやプロのカメラマンさんが
撮っていらっしゃるので
私のカメラの夕日はそのライン上の
ものではありません。

また、今後のテレビ番組や、
ミュージアムで披露される際には、
またこのブログでもお伝えします!

とにかく私は、
「いりにし ひむかし」を肌で実感しました。

夕日が入ってから…


夕食後、また夜のストーンサークルへ行くと…
そこは真っ暗です!電気がないのですから。
そして、空を見上げると満天の星!!
隊は日時計石の撮影などをしていて。



私はひとり
サークルの中を歩いていました。

この写真は、うすいライトを
あてて撮ったものです。
神秘的な日時計石が
浮かび上がりました。

小林先生とご一緒でなければ、
普通はこの円の中に入ることはできません。
本当に贅沢な経験でありました…。



真っ暗な中でしたが、私の目もだんだん目が慣れて来て。
私は、万座のサークルの中の、中心あたりをゆっくりと歩いていました。

すると、私を呼ぶ石が!!

…そこに行き…、その石になぜか右螺旋な傾きで座ると…
なぜか、ぴたっと私にはまったのです!(うまく説明できませんが)
そこに座って、北斗七星たちが天上をまわってゆくのをずっと見ていました。
多分3時間ぐらいだと思います。

縄文人の目になった気がしました。


ここで彼らもこんな風に風景を見ただろうと…感じました。


その後、先生が火を焚いてくださって。
ここには絶対、火は必要だと感じました。
こういう場所には火が必要です!

普通は入ることも、
火もNGなのですが、幸運でした。

北東の背景に、クロマンタ(黒又山)。
その山に向かっても石が並んでいて何かを現しています。


先生は、こうした聖なる「かんなび」山を
この空間に取り入れる形は、
能の松へと継承されてると、おっしゃいました。
このサークルは聖なるハレの空間として、
200年もかけて作られました。
自分の代だけじゃない建造物なのです。
スケールが違いますね…。

一般人は、なかなか自分の代で結果がだせなくてもよいもの
に興味をもつことができません。
そういうスパンでものの見方をする人たちは、
今となっては、宇宙物理学者の先生方ぐらいですよね。

ここからは、土偶もたくさん出土してます。小さな可愛らしい土偶がたくさん、展示されていました。
土偶の中には、板チョコの割れ目みたいのがあって。
わざわざ割れるように作ってある土偶などもあります。
それを、どんな風に使っていたのか。手のひらに乗せて、どんな風に触ったのかな。
いったい、この時代、どんな祭祀をしてたんだろう…ずっとそんなことを考えていました。


翌朝、太陽の舞を舞わせて頂きました!
すると、雲雀がやって来て、私の歌と一緒に歌ってくれました。
なんともなんとも、気持ちよかったです!

小林先生に英国のストーンヘンジにも連れて行って頂いたけれど。
この天体装置の中に入ると、波動が全然違います。
人と自然が、その装置の中でとけあう。

舞うことは、人と自然が融和するということだと思っていますが。
私は自然と向き合って立って、繋がろうとしてた気がするのです。
でも、違った。

人は自然の中にすでに含まれている。
自然界とは、人もふくまれたところの自然なのだ。
人と自然の間のところは時間的にも空間的にも連続して繋がってる。

それを誰でもが感じられる場所。聖地にはそれを感じ易くさせてくれる力がある…のだと思いました。

ハレの日に、ここで人は皆、ととのったんだと思います。
偉大なる装置です!!

この体験を、12/3、4日の東京グローブ座公演「衣川幻想」に活かしたいと思います。

大湯ストーンサークル館 

2011年7月1日金曜日

茅の輪くぐり 夏越の祓… 小網神社にて



6/30の夏越の祓には、
石上神宮さまにお参りすることが多いのですが。

今年は、室町時代に創建されたという
日本橋の小網神社へ参りました。

なんでも、茅の輪の茅を頂戴できるというのです。

その茅を玄関入口に飾ると、この一年
無病息災であるとのこと。



さっそく、茅の輪を、頂きました!!

北野天神さんなどでは、

茅の輪を抜かないで下さいと、よく書いてあります。

だから、これはとても珍しいこと。

嬉しくなって、駆けつけてしまったのでした。


その後、皆で茅をきれいに束にしました。。
丸く編んだり、和紙でまとめたり。











家族や、大切な方に
この息災茅の輪を
届けようと、一生懸命作りました。













暑い夏を越えて、この1年、
世界中の皆さんが、
健康で幸せでありますように。


茅の輪くぐりのご利益を
皆さんにも届きますように!








《小網神社/由緒》

社伝によれば、むかし武蔵国豊島郡(現・東京23区辺り)
のどこか に

、観音様と弁天様を祀る「萬福庵」という草庵があった。

草庵を開き、観音様と弁天様の像を作ったのは恵心僧郡と伝えられている。

それからずっと時は流れ て、室町時代末期。1466年は悪疫が大流行した年だった。

ある日のこと、草庵に一人の老人が訪ねてきた。老人は網師をしており、海上で稲穂を得て持って きたという。
当時の庵主(住職)は温かく迎え、しばらく滞在してもらうことになった。数日後の夜、庵主の夢枕に恵心僧郡が現れ、
「老人を稲荷大神として祀 れば村の悪疫は消えよう」と告げる。

驚いて目覚めた庵主がすぐに駆けつけてみると、すでに老人の姿は消えていた。
そこで早速、稲荷神社を創建。すると、本 当に悪疫は消え、村人たちは歓喜したとのことだ。

以来、稲荷は「小網稲荷大明神」と称され、江戸町人たちより篤く崇敬されてきた。
近年も、関東大震災や東京大空襲などの際に奇跡を起こし人々を救っ た。そのため「強運厄除の神様」として
現代も多くの参拝者でにぎわう。